写真は6日に視察の帰途に飛行機の上から撮影した雲上の富士山です。神々しい姿でした。
今日は事務作業中心の日。娘が風邪をひいたようなので自宅事務所で面倒を見ながらとなりました。
今朝は消防団の訓練(割烹 熱海が会場)に参加予定でしたが、雨で延期に。
明日はいよいよ天皇陛下御在位二十年の祝賀の日です。小坂もこちらの祭典・式典に出席させていただきます。御皇室の弥栄を心から願います。
荒川区では以下の形で祝意を表します。
★記念式典当日、区施設・学校等に国旗や祝意書を掲出
★区役所本庁舎正面に、祝意を表す懸垂幕を掲示
(11月10日〜13日)
★荒川ふるさと文化館、あらかわ遊園の入園・入場を無料に
(11月12日〜15日)
東京都ではこちらに記載の通りの形で祝意を表す予定です。
昨日、都庁を訪問した際に「都施設の行幸啓時等の写真展示」を拝見してきました。その際に同時に都庁1階で実施されている「荒川区の匠の技の実演」のコーナーも訪れ、顔なじみのマイスターさんから状況をお聞きしてきました。
「今日は事務をしながら、行政刷新会議の事業仕分けのネット中継」も見てみようと思ってページにアクセスすると、開始前に運良く一度繋がった以外は全く繋がらず・・・。アクセスが殺到していたようです。会場から参加者のうちの誰かが中継(公式HPではないところから)していたのでそこを通して拝見しました。
とても劇的な議論のやり取り、一つの方法として分かりやすいかもしれませんが、功罪半ばの手法だと感じました。こうした手法が国において初めて取り入れられたことは評価しています。
(評価する点)
・公開の場で事業の必要性を議論し、結論を出すという今迄に無い手法で、行政の事業への関心を高めた。
・事業仕分けを通じて、ネット上での議論も深められ、多くの国民が自分の問題として主体的に考えるきっかけとなった。
(疑問を感じる点)
・そもそもこの事業仕分けの対象に挙げるかどうかの判断は恣意的にならないのか?
・現場を見ることもなく、かつ、短時間での聞き取りだけで事業の可否を判断してしまってよいのか?
・多様な価値判断がどこまで反映されるのか?それとも一定の志向を持つ者でなければ仕分け人に選定されないのか?
「小学校教育でとある共通の教材を無料配布する事業が必要かどうか?」の議論で、その教材の必要性は検討していたが、そもそも小学校で低学年から英語教育が必要かどうか?という観点からの検討は無かった。
少なくとも8,9歳位までは母国語をしっかりと身につけることが重要であり、外国語をその年齢以前にカリキュラムに盛り込むことは母国語の修得に混乱を来す、という指摘も有識者からなされているのですが・・・。
・仕分け人を誰にするのか、それで結論が大きく異なってくるが、その選定は誰がどのような方法で行うのかが不明。
更に今回、民主党のやり方では「1年生議員はこのような高度な仕事は不向き」と仕分け人から排除された(報道記事)一方、排除された1年生議員よりも経験が少ない地方自治体の公務員が入っているのは整合性が取れない。
自治体職員が入るのが悪いと言っているのでは有りません。例えば、仕分け人から排除された1年生議員の中には元犬山市長を務めた方もいます。地方行政のトップ経験者を「あなたには高度な判断は無理」と排除する一方で、地方自治体の一職員を入れているのは整合性が無い・・・。
明日以降の2日目の議論にも注目していきます。
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