12月14日のブログ記事「大東亜戦争当時の御遺骨収集(沖縄)に四日間参加して参ります。」に書いた、英霊の御遺骨と御遺品を密林の中から探し出してお迎えする作業の4日目。8時に戦争資料館に集合。
今日は遺骨をお迎えする活動を3年近く前からなさっている、アルピニストの野口健さんとその御関係者も共に作業をすると言う形で総勢10名程度で出発。
今日の現場は密林の中にある「水没陣地」。地表面から窪んだ場所に有る壕なので、雨水がすぐに溜まってしまい、御遺骨や御遺品を掘り出すには、まず、溜まった水と泥を救い出さねばなりません。
そうした場所からも、先日、このように多くの御遺骨が掘り出されています。
今日、野口健さんと一緒に作業をすることは沖縄に来て知りました。沖縄に来る前に、図書館で丁度「野口健が聞いた 英霊の声なき声」を借りて、こちらにも持ってきていたのですが、なんだかすごい偶然ですね。
自民党沖縄県第一支部の支部長である國場幸之助氏も懸命に作業に取り組まれていました。林英臣政経塾の同志です。
こうした壕の水、泥を取り出した後、当時の地表が出るまで掘り進めます。
正に泥との格闘です。写真で土器のように見えるのはバケツで、これに泥を入れてくみ出します。泥の中からも、銃弾、茶碗のかけらが多数、砲弾の破片などが続々と出てきます。
先日、この近くで出てきたヤカンと擲弾筒弾。
御遺骨が少し掘り出せました。まだまだ、3000柱もの御遺骨が沖縄には埋まったままになっていると言われています。そのかなりの部分が、壕の中に追い詰められ、火炎放射器で焼きつくされた後、完全に入口も米軍が壊して封鎖したような場にあるとのことで、かなり厳しい環境下にあるとのことです。
国家の為に命を捧げた方々の御遺骨は困難を乗り越えてでも、拾い出し、故郷の御遺族の下に、あるいは国家としてお祀りするべきと考えます。
政権政党がどこであろうと、こうした姿勢を日本国は適当にし、受け身で対応してきたのが現状です。民主党とか自民党の問題ではなく、日本社会、国家全体の風潮がそうした歪な形であったのです。そうした歪んだ社会風潮を是正して、先人の御努力を正面から受け止め、未来につなげていく社会にすべく尽力していきたいと考えています。
作業を終えた後、急いで空港に向かい、17時過ぎの那覇空港発の飛行機で帰京、夜の政務会合で区政のことに加えて御遺骨のお迎えのことについて話をさせていただきました。今後も、「「地中に放置されたままの英霊」をそのままにすべきではない!それを放置する社会の在り方は是正せねばならない!」ということを折に触れて問題提起をしていこうと決意しています。
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