2009年05月15日

日本に欠けているもの=覚悟

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 今朝は地域まわりの後、地方議員を志す方の相談にお答えし、区政会館で「自治体政策講座」に出席。「地方議員年金制度」についての勉強会に出席。この件については、後日の記事でご報告致します。

 その後、4階の「特別区自治情報・交流センター(=誰でも無料で使えます。活用下さい)」資料室で環境政策についての調べものをした後、「日本会議 首都圏地方議員懇談会 平成21年度総会」に第二部から参加。今日は一日中、清々しい日和の中、風を切って自転車で移動。

 第二部はフィリピンのルバング島において大東亜戦争終結後も約30年間、日本兵として作戦に従事し続けた小野田寛朗少尉(詳しくはこちらをご覧ください)からの講演です。魂を揺さぶる素晴らしい講演でした。

講演の案内を抜粋します。

 「小野田寛郎の日本への遺言」
「昭和20年8月15日の大東亜戦争終結から29年、いまだにフィリピン・ルバング島の密林の奥深く大日本帝国の勝利を信じ、3人の部下と共に戦っている男がいた。最後にはたった一人になっても敵占領下の孤島で戦いを続けた。そして昭和50年、彼が祖国日本に戻ってきて見たものは何か!やがて彼は夢にまで見た祖国を離れ遠いブラジルに。彼は祖国日本に何を想い、何を感じたのか。そして、今、戦争を知らない若い世代に彼が伝えておきたい事は? 託したい熱い思いは何か?」

 講演と質疑応答の間の休み時間も「時間が限られているのでもったいない=伝えたいことが沢山有る」とぶっ続けで2時間お話をされた小野田寛朗少尉の88歳という年齢を感じさせません。

 この講演は西山さんというニュージーランド在住の日本人が日本の行く末を憂い、ブラジルまで直接講演を依頼して受けていただき、その後関係団体と共に多大な努力の結果開催されたものです。憲政記念館のホールは満席で参加者それぞれに熱い思いが伝わっていたことを確かに感じました。

 2時間に渡る講演の中で大いに共感し、心に刻みつけた言葉をいくつか下に記します。

「戦争を経て生き残れたことは大きな恩恵。生き残った者が、戦争でこんな損をしたとか愚痴を言うものでは無い。健康で生きていることが何よりありがたい」

「現代の日本は利己主義と自由を履き違え、集団や社会が有ることによる恩恵を忘れている。国を守らなければ自分達は存在しえないことを自覚すべき」

「今、生きている人間が、かつて命を投げ打って日本の為に尽くした方に礼を尽くさないのは人の道を外れている。」

「今の日本を見ていて全てにおいて「覚悟」というものが欠如している。何時でも死ぬ覚悟をしていると強い。覚悟をすれば恐怖心が無くなる。」

「国を大事にすることは自分を大事にすること」

「神仏を尊び、神仏に頼らずという生き方こそが本物」

 現在、日本とブラジルを行き来しながら、日本精神の再興の為に尽力されている小野田寛朗少尉がいつまでも、お元気でいて下さることを心から願います。
 同時に「精神が堕落した日本は我々が正して参りますので、小野田少尉、ご安心下さい!」と多くの日本人が熱意発奮する社会にしていく為に尽力して参ります。


★会場から、いわゆる「従軍慰安婦」について「その実態を教えて欲しい」との質問が有り、小野田少尉がお答になっていました。その答えと重なる詳しい状況説明がこちらのページに掲載されていますので、是非、お読み下さい。

 いわゆる「従軍慰安婦」は「商行為で軍に同行してきた公娼」であることは明らかで、河野談話なる売国談話は我々の祖先を嘘の歴史で汚す非道な政治的取引の結果だと断言できます。虚構の「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」などの政治宣伝には、次の世代を担う者が歴史を学び、史実を突き付けて正論を貫かねばならないと強く思います。

 小坂も今迄よりもさらに強く様々な場で、こうした点についての問題提起をして参ります。また、下に書いたようなことをはじめあらゆる覚悟を持って政治活動に邁進し続けて参りますことを改めて心に誓いました。

・「いつ命を落としても、精一杯公の為に生きたという気持ちで死ねる覚悟」

・「危険を厭わず、公の為に尽くす覚悟」

・「言うべきことをきちんと主張をした結果、反発が多く選挙にも悪影響を及ぼし仮に落選をする危険性があっても正論を貫く覚悟」

small_ribon.gif日本人はそれぞれの立場で「覚悟」を持って尽力すべき、という方はこちらの2つのボタンを押してください。
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スカウター : 荒川区議会議員小坂英二の考察・雑感 
posted by 小坂英二 at 00:00| Comment(8) | TrackBack(0) | 区政全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小野田さんって、確か陸軍中野学校出身のスパイ活動をやる「情報将校」でしたね。正確には、静岡県二俣町(現・浜松市天竜区)の「分校」出身と聞きます。「分校」の方は「本校」よりもゲリラ戦教育が盛んだったという事で、小野田さんが戦後29年間かの島に立て籠もっていられたのも頷けます。

実は以前、某衛星放送で市川雷蔵主演の映画「陸軍中野学校」シリーズを見た事があります(40年以上前、まだ小野田さんが帰国していない頃の作品です)。ネットで調べると、このシリーズが製作された背景として、市川雷蔵が勝新太郎と並んで大映の「2枚看板」であった事や、スパイ映画「007」シリーズの影響等が指摘されています。

これは純粋に娯楽作品としても面白いんですが、学校の授業には無い「もう1つの昭和史」という視点からも大いに参考になりました。それにしても、映画のように政府や軍の要人を「標的」とするならまだしも、日本語教育のためと称して一般市民を拉致するどこかの国の「将軍様」とその手先、「誠」精神の無いこいつらはスパイと呼ぶにも値しない最低な連中です。
Posted by 風林火山 at 2009年05月19日 01:27
「覚悟」という言葉は普段なにげなく使っている気がしますが、考えてみると本当に意味が深いですね。
覚悟や責任から逃げてばかりいると、結局は自分も周囲も不幸にしてしまうのだろうと思います。
根本的なことだけに、一度見失ってしまうとあらためて気付くのがとても難しい。
文中に引用されている小野田少尉の言葉は、私もよく憶えておこうと思います。
Posted by クマー at 2009年05月19日 10:30
>風林火山 様
 詳しくご存じですね。陸軍中野学校二俣分校は大東亜戦争中にベトナムに派遣され、独立戦争に参加した谷本喜久男少尉の出身校でもあります。
 小野田少尉はフィリピンで戦犯裁判にかけられて処刑される覚悟で戦後約30年でフィリピン当局に出頭されたそうですが、当時のマルコス大統領は「我々もあなたも戦争中はそれぞれ与えられた目的の為に戦った。そして今は戦争が終わった。貴方の任務への取り組みは正に軍人の鏡であり敬意を表する」として戦後の軍施設への攻撃などについても不問とされたそうです。
 コメント、頷きながら読ませていただきました。

>>クマー 様
 正にその通りだと思います。文字にするとどこまで伝わるか心配でしたが、受け止めていただけて幸いです。私も常に自戒していきたいと思います。
Posted by 小坂 英二 at 2009年05月19日 12:18
遺言の〜礼を尽くさないのは
の礼の部分が変換ミスですよ
Posted by at 2010年07月16日 16:02
>>7月16日にコメント下さった方へ
 御指摘、感謝です。訂正致しました。
Posted by 小坂 英二 at 2010年07月18日 15:08
小野田さんの階級は昇進が当然の筋ではないかと思います。
30年近い活動を軍歴として数えれば自衛隊の一佐あたりでいいのではないかと思います。
Posted by しろう at 2010年12月15日 21:19
>>しろう 様
 小野田さんの日本を想う心、そして今迄の行動は本当に素晴らしいですね。もっと、顕彰されてしかるべきと思います。
Posted by 小坂英二 at 2011年01月05日 07:13
小野田さんの数々の言葉はまったくブレがなく、すべてが正論です。いまの日本人が再認識しなければならない「生きた言葉」でした。真の日本人だったと思い、尊敬してました。
Posted by 中島浩光 at 2014年04月20日 12:27
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