★さて、何度かご案内いたしておりますが、国防を正面から考えるべく、サンパール荒川で6月26日に田母神俊雄前航空幕僚長と防衛問題の専門家である潮匡人氏をお招きして講演会を開催します。こちらをご覧になり、是非、お越し下さい!★
さて、社会の風潮も大方の国会議員も国防というものについて、御目出度い認識しかない結果が以下の記事のような動きを生み、ますます日本の防衛を危うくしているのです。正論を正面から主張される西村眞悟代議士の5月14日の記事を以下、転載します。西村代議士の主張に全面的に賛同します。
※西村眞吾代議士の時事通信、とても賛同できることが多く、かつマスコミでは正面から扱わない視点も多いのでとても学ぶことが多いです。皆様も是非、定期的にご覧いただければ幸いです。
(以下、転載です)
去る十二日、クラスター爆弾禁止条約の承認案件が、
「全会一致」で衆議院を通過したと報道されている。
しかし、これは正確ではないのでこの報道を訂正しておく。
私西村は、クラスター爆弾禁止条約批准には反対である。
従って、採決前に議場から退出して反対の意思を表明した。
十一年前の平成十年九月、対人地雷禁止条約の承認も国会の「全会一致」で為されたと報道されている。
しかし、その時も、不正確であった。衆議院では私、参議院では田村秀昭議員が反対の意思を表明している。
この対人地雷禁止に関して、当時、その条約の承認を求める政府からは、対人地雷を禁止してもクラスター爆弾があるから我が国の防衛は大丈夫であるとの説明も為されていた。
この度は、そのクラスター爆弾も廃止する条約に政府が調印してきたのである。
対人地雷禁止条約を承認しなかった私としては、クラスター爆弾禁止条約も当然承認しない。
昨年一月に亡くなった田村秀昭参議院議員がおられたら、私と同様、承認されるはずがない。
では、何故、対人地雷とクラスター爆弾禁止に反対なのか。
それは、こと国政の最重要課題である我が国の国防に関しては、対人地雷とクラスター爆弾が果たす効果に対する認識、それが無い状態での防衛、その各々に関する綿密な点検が為されないまま、国際的なムードに流され「平和を愛する諸国民」にただ同調する安易な、つまり、無責任なことは許されないと思うからである。
また、我が国を取り巻く、米、中、露、北朝鮮、韓国は、共に対人地雷もクラスター爆弾も、廃棄せず保持し続ける。
一体、政府と廃止論者は、我が国を取り巻くこの情況のなかで、我が国の国防というものを真剣に考えたことがあるのだろうか。
そもそも如何なる兵器も、というより、如何なる道具も、使い方を誤れば人に害を与える。
例えば、自動車を例にとればこのことは自明のことであろう。残留地雷やクラスター爆弾の残留子爆弾の爆発によって腕を吹き飛ばされた子供達の数を遙かに超える膨大な数の民間人が毎年自動車事故により亡くなっている。
だからといって、我が国は自動車禁止条約ができれば署名して、人力車の時代に戻るのであろうか。まっとうな方策は、それには署名せず、運転手が、自動車をその目的に沿って安全に運転できるように周知徹底を図るということではないか。
海岸線が長く、離島が多い我が国の国土と、そこを少数の部隊で防衛しなければならないという条件を考慮すれば、我が国の防衛には、対人地雷とクラスター爆弾は必要である。
例えば、南北約八十キロ余の細長い対馬でも海岸線の延長は九百キロを越えるのである。これが我が国国土の条件である。
我が国が地雷とクラスター爆弾をもっておるというだけで、敵の上陸に対する抑止効果がある。
それをこの度、二つとも我が国には無いということが公表されるのであるから、敵さんから看て、我が国の海岸線ほど安全で安心して上陸できる場所はないということになる。
これでいいのか。
私は、よくないという判断をしているので、二つの条約承認に反対した次第である。
ここで、地雷禁止条約調印時(国会承認時ではない)の内閣総理大臣の未だに忘れ得ない発言を記しておきたい。
(日本の長い海岸線を地雷なしに如何にして守るのか、と記者に問われて)
「君ーぃ、日本の海岸には海水浴客がいるんだよ。地雷なんか撒けるはずがないだろう」
この総理は、加山雄三さんと同じような幸せそうなイケメンだった。海岸線と聞かれて、とっさに青春の湘南海岸が瞼に浮かんだのだろうか。
道具はそれを使う者の目的次第でハサミも凶器になるのであるから、純然たる兵器である地雷もクラスター爆弾も、邪悪な目的でむちゃくちゃに使えば、多くの民間人を殺傷する。当たり前だ。そして、世界には、兵器をむちゃくちゃに使う国やテロ組織があり、その国や組織に兵器を売り渡す道義無き国がある。カンボジアの残留地雷はメイド・イン・チャイナである。
しかし、だからといって、我が国に必要なものを放棄することはない。自動車を自爆テロの道具に使うやつがいるからといって、我が国が自動車の生産を止めよと謂われる筋合いはない、というのと同じである。
なお、我が国が保有しているクラスター爆弾を廃棄する為の予算が本年度に二億円計上されている。
我が国の国防にとって有用なものを棄てる費用が本年度に二億円だ。これこそ、正真正銘、無駄なカネだ。
国費の無駄遣い、これほどの甚だしきはない。終電車の後まで残業して、タクシーで家に帰った官僚のタクシー代支払いを無駄だとなじった議員の面々は何故出てこないのか。
(転載終わり)





国民には分かろうともしないのではないかな、ビルが破壊されたことであの大騒ぎ、犠牲者は6000人の何倍か分からない
ご心配は理解できます。焼夷弾の恐ろしさを考えれば、このような兵器は世界に存在しない方が良いという考えも分かります。
しかし、世界中に広く普及してしまった兵器であるため、一部の国が廃止するようなやり方ではだめで、バランスを取りながらの削減でなければ、かえって国の存立を危うくすると思います。
クラスター爆弾に限らず、様々な兵器は使い方を誤れば多くの被害を生み出すことは同じだと思います。問題はその使い方です。
大東亜戦争末期の米軍の焼夷弾による大量虐殺などはもちろん論外ですが、日本においては、極めて長い海岸線を侵略から守る際にとても有効な兵器であるということです。外国に持って行って使う意思もその能力(日本は戦略爆撃機を保有してません)も有りませんので、自国への侵略をされなければ使う機会は無いでしょう。保有しているということが、抑止になると思います。
日本のみが放棄して、周辺のロシア、中国、北朝鮮、韓国が放棄していない。それを、「軍縮が進んだ」と言って喜ぶ気にはなれません。
それを例えれば、拳銃を持ったヤクザが跳梁跋扈する国において、「拳銃は悪さのもと、国から拳銃を減らしましょう」と言ってその国の警官の拳銃を全て破棄して「拳銃が減って良かったね!」と喜んでいるのと同じだと思います。
そのような愚行によって、犯罪の抑止力が低くなることによって、ヤクザの拳銃を使った犯罪によって増加する死者のことには目を向けない。今回の「クラスター爆弾廃棄」も同様の精神構造が有ると私は認識しております。
クラスター爆弾に反対なら、代案を提案しないと駄目でしょ。
敵が上陸すれば、たくさんの人が殺されてしまうわけだから・・・・
実体験での危惧は理解できるところです。最近のクラスター爆弾は、不発弾の電気式自働無力化や不活性化を自ら行う機能を備えたものもあるそうです。
そうした機能がもちろん完全なものと言い切れるかどうかは分かりませんが、「クラスター爆弾を使えない状態で日本が侵略された際に出る死傷者」と「不発弾で亡くなる可能性のある人数」を考えれば、事故を防ぐ努力を最大限しつつもクラスター爆弾を備えておくということが、日本国にとって必要なことだと考えます。
あと、コメントが2重投稿となっていますので、片方を削除させていただきます。コメントを投稿しても何故かすぐに反映されないことがありますが、しばらく待っていただければ反映されるようです。
>>am 様
そうですね。クラスター爆弾が無くて日本が守れるなら良いのですが、その替わりになると思われるものが無いのですから、保持し続けるべきだと思います。
今回書いたテーマの大前提として、「クラスター爆弾は日本国の国内に外国が攻めてきた際に上陸を阻止する」為に備えておく。それが抑止力にもなるということです。
外国に持って行って使うようなことは今の日本では有り得ないことです。
対人地雷は日本はすでに廃止することを決め、その上、クラスター爆弾を東アジアで唯一廃止すると。周辺国は北朝鮮や中国共産党支配地域などゴロツキ集団ばかりなのに、備えをどんどん薄める必要は無いですし、それが結果として多くの日本人の命を奪うことになりかねないと思います。
軍事専門家の話ではクラスター爆弾と同等の効果を発揮する兵器は無いとのことです。
「○●という武器を我が国は全廃した」という自己満足の陰に、より危険にさらされる多数の国民の命が有ることを多くの政治屋が忘れていると思います。