2006年07月13日

可哀想な猫・・・アニマルポリスを日本でも!

 7月10日のブログ記事に掲載されている1件目の家について(まず、リンク先をお読み下さい)。何度訪問しても留守なのですが、開けっぱなしの玄関を開けて大声で呼んでも返事は相変わらず無し。それにしても凄い匂いなのです。玄関に入るまでの場所も異臭が凄いですが、扉を開けるとレベルの違う異臭が・・・。猫の餌や生物、様々なごみが散乱する中、猫が室内から顔を出しています。そして、下を見ると室内の玄関正面に子猫の死体が・・・。上半身のみ残り、下半身の無い死体。ひからびてます。ひからびているということはかなりの期間放置されているということですが、そこの住人は夜遅くでも毎日帰宅しているのに

 近所の方の話ではこのごみ屋敷の2階には多数の猫が飼われているそうです。どのような状態なのかは飼い主にしか分かりません。しかし、子猫の上半身の死体が玄関の中央に相当期間放置されている状態を見ると、2階で飼われている多数の猫はろくに糞尿の処理もされずに放置されているのでは無いかと類推されます。餌が散乱しているのを見ると餌はやっているようですが・・・。2階にまでは立ち入ることができませんので、それを確かめる術は有りません。しかし、その通りであれば、明らかに動物愛護法により虐待(著しく不衛生な環境での監禁飼育なども含みます)という違法行為を行っていることになります。そうした事実が明らかになったケースでは警察が動いた事例も有ると聞いていましたので、意を決して所管の警察署に動けないか相談しましたが、すぐには動けないとのこと・・・。2階の現状を見なければ虐待が行われているかどうか分からない、警察は捜査令状や逮捕状が無ければ玄関から先には入れない、餌はとりあえずあげているのなら虐待として捉えるのは難しい、役所からの継続的な指導を再三するといった手順を踏むべき、などなどの理由でした。今後、対応を検討するといった話にしかなりませんでした。
 区の保健所にも詳しい話をしながら、複数のルートからの対応をする方向で動いています(詳細はまだ書かないほうが良いので略しますが)。

 目の前の建物の中で恐らく劣悪な状況下に猫達がおかれていると推測できても、現在の制度のもとでは対応に限度があります。
 そこで、米国や英国などで制度として確立している「アニマルポリス」(動物愛護法と動物の習性や飼育方法を熟知した組織に属する専門職が動物に関わる犯罪を取り締まる制度です)を日本でも是非、実現して欲しいと切に願います。「日本にアニマルポリスを誕生させよう!!」という読み応えの有るページ(貴重な情報が満載、是非、じっくりお読み下さい!)にその詳細が掲載されていますので、是非、お読みいただき、ご協力を賜れれば幸いです。

 。「日本にアニマルポリスを誕生させよう!!」のトップページに書いてあるように「動物愛護法」と「保護シェルター(虐待などから保護した動物の受け皿ですが、それが整備されていない)」「アニマルポリス(動物虐待を禁止した法律が実効性を持つように活動する知識と権限を持った専門職」の3つが有効に機能するような制度が実現されるように、「動物愛護地方議員の会」の一員として活動と情報提供を行って参ります。

small_ribon.gif人間と動物が共に幸せに暮らせる社会を目指すべき、と考える方はこちらを押してください。
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posted by 小坂英二 at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 区政全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
保健所は年間、何十万匹もガスで殺してるんですけど。
一匹虐待しただけで動物愛護法違反で逮捕なのに、
何十万匹も殺してるのは何で動物愛護法違反ではないのか納得いかない。
http://www.tanteifile.com/tamashii/scoop/0303/28_01/
本当に動物愛護を考えるなら、
ペットの販売や飼うのを禁止にするしかない。

また、食用の牛や豚を業者が殺すことも動物愛護法違反に何故ならないのか?
食べるために殺すのが許されるなら、
人間が人間を殺して食べるのは許されることになる。

うじ虫を虐待しても動物愛護法違反にならなくて、
犬や猫は可愛いから動物愛護法違反っていうのは
人間中心的な主観。
Posted by at 2006年07月17日 16:49
 行政による殺処分は減少し続けてはいるものの、まだまだ、多いのが実情です。外国ではペット販売も飼い主の責任を見極めるような手続きを経て行っているようですが、日本では気軽に買える点も問題です。制度として飼主の責任を見極めるようなしくみをつくるべきだと考えています。
 法律は理屈だけでなく、長年培ってきた「文化」を反映するものです。日本では牛や豚は食用として食べる文化が有り、猫や犬は愛玩動物とされています。人を殺してはいけないのは全世界共通の認識です。また、多くの生物と共存すべきなのは当然ですが、人間が作る法律は人間中心になるのは有る意味必然だと思います。
Posted by 小坂英二 at 2006年07月18日 17:00
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