2006年11月06日

台湾で慕われ続ける八田與一氏

 今日の中日新聞の記事で「八田技師 生誕120年を記念 金沢で除幕式 日台懸け橋 生家に碑」というものが、あります。記事を以下に引用します。
(以下、引用)
 大正から昭和初めにかけ台湾南部に大規模なダムと水路を建設した金沢市出身の技師八田與一氏(一八八六−一九四二年)の生誕百二十年を記念する石碑が同市今町の生家の庭に完成し五日、家族や関係者らが除幕式を行って偉業を偲(しの)んだ。 (報道部・加賀大介)

 八田氏は旧四高、東京帝大工科大学を卒業後、台湾総督府に勤務。一九二〇年から十年間をかけ、台湾南部の嘉南平原に長さ千二百七十三メートルの当時東洋一とされた「烏山頭(うざんとう)ダム」と、総延長一万六千キロの給排水路を建設。同平原は台湾随一の穀倉地帯となり、八田氏は「台湾農業の恩人」としてダムの脇に銅像が建てられ、命日の五月八日には毎年墓前祭が行われている。

 生誕地碑は地元有志でつくる「八田技師夫妻を慕い台湾と友好の会」(中川外司事務局長)が建立。除幕式には地元住民らも出席し、山出保市長は「台湾との友好、世界平和に寄与した功績は計り知れない」とたたえた。台湾から来日した嘉南農田水利会の徐金錫会長も「碑の完成を機にさらに交流を深めていきたい。こうした懸け橋がこれからも私たちの心に深く深く残っていくと思う」と語った。

 八田氏の孫の八田修一さんは「祖父の死後六十年を経ても金沢や台湾の人々がこれほど慕ってくれていることに大変感動しました。家族の一人として、日本と台湾の友好に努力することを碑に誓いたい」とあいさつした。
(以上、引用終わり)

 八田技師の活躍は、こちらのページFLASHページなどでも紹介されていますので、ご覧いただければ幸いです。

 こうした公の為に尽力した偉人を歴史の教科書などで扱うべきなのに、中学校の歴史教科書で八田技師について記述があるのは「新しい歴史教科書」のみ。他の教科書会社の教科書は、安重根なるテロリストなどをご丁寧に大きなスペースを使って肯定的に紹介などしてますが・・・。

 こうした日本人の誇りとすべき人物の活躍を様々な場で教えることが教育現場や家庭では不可欠だと思います。

small_ribon.gif八田技師の活躍を日本人として誇りに思う、という方はこちらを押してください。
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posted by 小坂英二 at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 区政全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
八田輿一の業績には私も注目しておりました。李登輝さんの、幻となった慶大講演でも、良き日本人の代表として八田氏を取り上げる予定でしたよね。

台湾で国民党が巻き返してきている時期ですし、高金素梅みたいなおかしな反日議員が捏造の歴史を叫び始めていますから、八田輿一のことを日本人ももっと知っておくべきだと思います。
Posted by 曲屋 at 2006年11月09日 22:00
>>曲屋 様

 コメント、ありがとうございます。お書きになっている通りですね!日本の歴史に偉業を刻んできた多くの先人について、私達はもっと知る機会を持つべきですね。特に次の世代を担う子供達。
Posted by 小坂 英二 at 2006年11月10日 16:55
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