2016年04月21日

山田宏氏への応援を取りやめます。悲しく、怒りと共に。「人間性、人格」の基盤の上に「政治的能力」という木が生える。その基盤が許容範囲を逸脱した問題を持つ場合は政治家として選んではなりません。

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 4月21日発売の週刊文春に3ページに渡り、山田宏氏の極めて残念な記事が掲載されています。
 悲しく、怒りを感じます。志に共感し、日本創新党を共に創る気持ちで参加・活動し、参院選に向けて支援の輪を広げようとしていた者として。

 もちろん、記事内容が全て正しいとは言えません。しかし、この報道を受けての山田氏のツイッターでの発言を見ても、内容を明確に否定、説明をすることもなく抽象的な言葉で収めようとしています。

 「家族の価値の大切さ」を説いてきた政治家が、「自らの家族に対して重大な裏切りや尊厳を踏みにじることをしている」との報道が有った際に、きちんと説明をする必要が有ります。

 「大筋は事実」なのか「事実無根」なのか。そう言える根拠を示しながら。

 週刊誌報道で全国の支援者が驚き、疑念を持つ中、そうした説明を自らが持つ媒体(twitter,facebook、ブログ、HPを初め記者会見や声明文など多様)を使って示すことができるのですから。
 
 それを「抽象的な言葉で煙に巻く」ということしかせずに終わらせるのは理解できません。

 「説明責任から逃げている」か「大筋、事実と認めた」かのどちらかと言わざるを得ません。どちらも応援をするには容認できることでは有りません。

 政治家が持つ媒体での公式の表明を見れば、本人に電話などして聞かずとも、「どういう事態」なのか、は推察できます。それで判断されるのが政治家とも言えます。

 記事内容に細かい点では事実と異なる事が書かれているのかもしれませんが「離婚というけじめをつけることも無く、長期間に渡る不倫を行い、隠し子を持ち、自らの家庭へは極めて不誠実な対応を長期に渡って続け、責任も果たしてこなかった」ことは最早、否定できないと判断できます。

 
 「国家の為になる政治的能力が有れば、プライベートは別、目をつぶるべき」という主張が有りますが、全くの的外れと考えます。

 「人間性、人格」という基盤があって、その上に初めて「理念や政策」という木が生えていると考えます。その両者が一体となって初めて「政治家」となるものであって、不可分であり、評価にはその基盤と木の両方を見なければなりません。そして、より重要なのは「基盤」の部分と考えます。

 「木」の部分にあたる山田氏の国家観、歴史感は素晴らしいものです。だからこそ、ずっと共感し、支援をしてきました。しかし、週刊誌の記事の半分だけが真実だと仮定しても、その基盤となる「人間性、人格」に問題が有る、と言わざるを得ません。

 愛国者で伸び行く者は貴重だから、「悪い面には目をつぶる」という「愛国無罪」は許されるものでは有りません。

 勿論、誰も完全な人間性や人格であるわけでは有りません。しかし、人間として許される範囲を逸脱していたら、政治的能力が有能でも、政治家としては失格だと言えます。最早、逸脱していることは明らかです。
  
 3月に地元の荒川区町屋で講演会を開催して、夏の戦いに向けて応援演説をしました。地元会合でも共感の輪を広げようとして来ました。
 政治理念を共有しているからと言って「人間性、人格」に問題が有る人物は応援できません。
 
 問題が明らかになっている中で更に応援の輪を広げることは、新たな応援者本人自身も傷つけることに繋がり、何よりも日本の為にならないと考えます。

 夏の戦いに向けて話が進んでいる中で、表題に書いたような表明をすることは私としてのけじめです。

 乙武氏の公認内定を取消した事例。出産時不倫で衆院議員を辞職した宮崎議員の事例。そうした流れ、こうした問題への社会の厳格化を考えても、山田氏は早晩、自民党比例候補としての公認は取り消されるでしょう。また、公認取り消しされたとしても、至極、当然で、それがなされなければ自民党の倫理観が疑われる事態になるでしょう。

 勿論、人間、誰しも誤りを犯すことが有ります。一度、過ちが有ったからと言って、一生ダメとは言いません。ただ、公職に挑戦する場合は、最低限その誤りを総括し、諸事、やるべき対応を済ませてからにすべきと考えます。

 本当に残念です。無念です。都知事選で政策や主張ばかりに着目し、田母神俊雄氏の人格や人間性を十分見ることなく応援し続け、甘やかし、「誤った応援メッセージ」を流布してしまった者として、反省を込めて、申し上げます。

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posted by 小坂英二 at 00:00| Comment(5) | TrackBack(0) | 区政全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「見極め」というのは難しいですよね。それに対する答えが出た時、自分の心は率直に反応すると思いますが、心に正直に動けるかどうかはさらに難しい。

「政治家は正しい政策判断さえしてくれればそれでよい」という話もたまに見聞きしますが、不倫だったりお金だったりの不誠実な対応を見るにつけ「そんな訳ないでしょ!」と強く思います。

安倍総理を巡る倉山さんの対応も意味不明でしたし、田母神さんの件に至っては陰謀論を振り回す輩も出てくる始末で、何というか我々はまだまだ色々と未成熟だったんだなとガッカリさせられたりもします。
Posted by tnt at 2016年04月25日 06:19

>山田氏の国家観、歴史感は素晴らしいものです。だからこそ、ずっと共感し、支援をしてきました。
>「国家の為になる政治的能力が有れば、プライベートは別、目をつぶるべき」という主張が有りますが、全くの的外れと考えます。


現代人には、勿体無い精神が無い人が多いですから、物が少しでも痛めば、ポイ捨てします。


 所で、代わりを務められる人はいるんですか?



>「人間性、人格」という基盤があって、その上に初めて「理念や政策」という木が生えていると考えます。その両者が一体となって初めて「政治家」となるものであって、不可分であり、評価にはその基盤と木の両方を見なければなりません。そして、より重要なのは「基盤」の部分と考えます。
 

キリスト教を思想の根幹としている人からすれば、一夫一妻以外あり得ないですからね。人間性まで疑うのは、仕方ありません。ですが、妾腹から産まれた分家。そういった系譜を有する人からすれば、産まれたこと自体を、否定された気がするのかも知れません。

「お前など産まれて来なければ良かった」と。


>愛国者で伸び行く者は貴重だから、「悪い面には目をつぶる」という「愛国無罪」は許されるものでは有りません。


刑法の何にフックしてます?道徳的観点からでは無く。

 
>政治家が持つ媒体での公式の表明を見れば、本人に電話などして聞かずとも、「どういう事態」なのか、は推察できます


直接、会って話すのが最善だと思います。間違っている所を糺し、あるべき道を説くのが友人であり、同志ではないかと。
Posted by K.o at 2016年04月25日 20:20
私はある時から安倍晋三という人に対して断固不支持の立場を取ることにしました。「全く理解できない」「反安倍は反日だ」という人もいましたが、本気で馬鹿だなと思ってます。お前こそおれの日本をどうしてくれる気だ?と逆に問い詰めたいですね。こんな話も通じないくらいに未だに世の中を「右と左」でしか捉えてない人が多すぎてウンザリです。

政治家は不特定多数を相手に思いを発信していくのが仕事の一つだと思いますが、Twitterに限らず詭弁を弄するような人には向いてない職業だと思います。安倍さんも田母神さんもそうでした。西田昌司さんも同様であり、あろうことかブルーリボンまで外してしまいました。

「じゃあ代わりはいるのかよ」という問いも印籠のごとく投げかけられたりしますが、不特定多数を舐めてかかる人なんぞ政治家として無価値ですし、逆に金太郎飴の如く代わりはいくらでもいるのになぜ気付かないのか、不思議でなりません。
Posted by tnt at 2016年04月25日 23:30
政治家の見極め方のご教示ありがとうございます。既存の政治家って自分の事は棚に上げて色々言うもんだと良くわかりました。
Posted by Koh at 2016年04月28日 23:42
全く同感です。
最も大切にするべき身近な家族を大切にできない人が赤の他人である国民を大切にできるはずがありません。
創新党、次世代の党、自らの当選の為だけに、中心人物として党首幹事長を務めた党を捨ててきた山田氏の行動にもそれは表れています。
自らを慕ってきた若手議員、党員、支持者への配慮が全く感じられません。
Posted by tamura at 2016年04月30日 18:31
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