2012年12月08日

那須戦争博物館で先人の想いと無念に想いを同志と共に受け継いで参りました。

 白人支配の世界秩序に先人が敢然と立ち向かった対米開戦日である12月8日と9日に那須戦争博物館を「日本、サイコー!」の公開収録、懇談の機会とも重ね、19人で訪問して参りました。
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 栗林白岳館長(写真)は14歳で満蒙開拓青少年義勇軍に志願して関東軍に所属、その後敗戦を迎えて、3年間のシベリア抑留から帰国された方です。
 一万六千点もの明治、大正、昭和の収蔵品は先人の誇り高き歴史を示すものばかりでした。
 こちらを通じても、ごく一部紹介させていただければと思います。

 那須戦争博物館は収蔵品数は一万六千点。そのうち一万二千点が展示されており、一つ一つに先人の強い念思を感じました。
 こうした歴史を引き継ぐことは、国家が責任を持って行うべきですが、そうした意識を持たぬ国家に成り下がった日本においては、栗林館長の想いや賛同者の熱い想いに支えられて戦争博物館が成り立っているのです。
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 館内に展示されていた油絵。とても素敵で心に残りました。 

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 那須戦争博物館の栗林白岳館長が満蒙開拓義勇軍に参加した際の説明と写真です。先人の労苦、無念、想いを受け継ぐ政治でなければなりません。

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 陸軍騎兵隊軍旗。紆余曲折を経てこちらに収蔵された話も伺いました。

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九〇年式 改良戦車(那須戦争博物館展示)。昭和6年に満州事変が勃発した際に当時に制作された改良型です。

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 最初の零戦エンジン(三菱製)です。(那須戦争博物館展示)

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 米国製の「零戦のエンジン」も展示されていました。詳しくは説明書きをお読み下さい。

 那須戦争博物館の館内には小野田寛郎少尉の生還に関する展示も多数。

 館内には先人に感謝の祈りを捧げるための祈りの場が有りますが、そこに供えられていた「国酒(いわゆる日本酒)」。

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 先人はこうした準備をして日本国の為に戦い、命を捧げてこられました。その想いと無念を無視した政治は「人の道を外れた政治」であり、歴史を学ばず政治を行うものは全て「軽蔑すべき危険な政治屋」であると断言できます。

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 明治天皇の筆による「國家」。

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 支那人が中華民国政府の名のもとに行ったむごたらしい処刑の数々。こうした写真は後に「日本軍の仕業」という嘘の説明付きで使われるようになっていきます。
 歴史を学び、先人、つまり「日本人にとっての家族」に着せられた濡れ衣を晴らし、そうした嘘に惑わされない知見を持たねばなりません。
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那須戦争博物館には歴史を作ってこられた先人の書が多数、展示されていました。

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Z旗前にて。

 大東亜戦争開戦の日に那須戦争博物館を栗林館長の説明を受けながらじっくり見学して、17時からネットラジオ「日本、サイコー」の公開収録を宿で行いました。

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 写真は館内に展示されていたインドネシア独立軍の旗です。日本人が多く協力してインドネシア独立が実現されました。

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